「これは、どういうことでうぃすか」
主人...天野ケータが、忽然といなくなってからの退屈な日々。
妖魔界に戻った私は、なにをするでもなく、ずっと妖怪パッドを眺める日々を送っていました。
ジバニャンやほかの妖怪との関わりは、彼がいなくなってからは、ぱったり途絶えていました。なぜ、彼が姿を消したのか...それは、ともだち契約が切れた、そういった直感的な感覚が、物語っていました。
彼は、死んだのだと。
そんなある日、妖怪パッドが最新版に更新され、新しく追加された機能や情報をこころゆくまで楽しんでいた時。
ー妖怪『とも断ち』
説明文や属性、ランクなどはどうでもよく。そのシルエットは、とても見慣れていて、でも、どうして...
「どうして、あなたが...」
「どうしてって、ウィスパー。ずっと、寂しい思いをさせて、ごめんね。これで、ずっとともだちだよ」
後ろから投げかけられた言葉の主は、少年にふさわしい、はじける笑顔を浮かべていました。でも、一点だけ、似つかわしくないもの...
「ニャッ...ケータ!どうして妖魔界にいるのニャ!?」
「ジバニャン!後で行こうと思ってたんだけど、来てくれたんだね!」
「そういう問題じゃないニャ!どうしてケータが妖怪になってるのニャ!それに、その...」
「あぁ、この、右手のこと?」
そう、右手が、獣のソレだったのです。
「ケータくん...」
『とも断ち』は、憂いを湛えた目で、こちらを見てきました。
「ねぇウィスパー、ジバニャン。おれさ...ずっと思ってたんだ。なんでヒトは、終わりが来るんだろって。悲しかった。ウィスパーやジバニャン、たくさんのともだちに会えなくなるのが。だから、決めたんだ。妖怪になろうって...」
「ケータくんは、後悔していないのでぃすか」
「後悔なんて...」
「おれっちは、認めない。認めないニャ」
横から、ジバニャンが、まっすぐかれを見つめて、軽い怒気を含めて言い放ちました。その目には、同情も見え隠れしていました。
「確かに、妖怪はずっといなくならないニャ。でも、おれっちは...おれっちは、ケータはケータのままでいてほしかったニャ」
「そんなの、ジバニャンがそう思ってるだけだよ。」
かれは、嘲笑を浮かべていました。
「ウィスパー、ジバニャン。どうしておれはこうなったと思う?
『とも断ち』なんてさ、こんなでっかい爪までついちゃって...。おかげでね、幸せそうな人たちを、消してしまいたくなるんだ。」
「ケータくん...」
「ねぇ二人とも。おれはさ、人間だったのがつらかったんだ。人間である自分が嫌いになったんだよ。どうして人間には終わりがあるの?おれがともだちになったみんなは、ずっと、ずっと」
俯き、その握る拳には力が入りはじめて、目尻に、雫が、
「ケータくん」
再度呼びかけると、かれは、はっとしたように顔をあげました。
「ケータくん、あなたはまだ引き返せます。あなたの思いは、まだ妖怪の体に定着してな」
「うるさい!!!」
それは、一瞬のことでした。
かれの獣の爪が、私の体を、三つに、切り裂いて...
「...ぁ、うぃす、ぱ」
「もう...そんな顔しないでくださうぃす。わたくしの体が切っても切れないものでよかったでうぃすねぇまったく...」
驚愕に見開いたその額に、私は白い手を、ぽんと置きました。
「あなたが思い詰めてるなんて、妖怪になって後悔しているなんて、そんなのわかってるんでぃすよ。
ケータきゅんの妖怪執事、伊達に何年もやってたわけじゃないでぃすからねぇ」
「ケータ、おれっちも、確かに会えないことは寂しかったニャンよ。でも、やっぱりケータはケータのままでいてほしいニャン、妖怪の姿なんて...ましてやそんな姿、いつもの優しいケータじゃないニャン...。おれっちと一緒に魚屋の前で戦ってくれた、あのケータじゃないニャン...」
ジバニャンの二つの青い、仄かなしっぽの光が、ケータくんの顔を照らします。
その顔は、涙でぐしょぐしょで。
「ごめん、ごめんねジバニャン...おれ、おれ、死にたくなんてなかった、ずっと一緒にいるには、これしかないって」
「謝らないでくださうぃす...」
ケータくんの体は、成仏をするためか、透けはじめています。
「ケータ...おれっち達は、ケータのともだちニャン。ずっとケータの心にいるニャンよ!ケータも、おれっち達のこころにずっといるニャン!」
「そうでぃすよケータきゅん、なんたってあーたはこの妖怪執事の私が見込んだ、ウォッチを渡した人間でぃすからね!」
「2人とも...ありがとう、ずっと、ずっと、最高のともだちだから...!」
ケータくんの周りの光が、いっそうきらめいて。
「また会おうね、ジバニャン、ウィスパー...っ」
笑顔のケータくんは、いつもの、小学5年生の普通の男の子で。
それでいて、とてもきれいで、儚くて。
それでもその彼と過ごした普通の日常は、思い出は、幾百年経った今でも、私たち...ケータくんのともだち妖怪達の中に、鮮やかに残っているのであります。
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