彼は、1つだけ、私に隠しごとをしていた。彼は私に何でも話してくれた。隠しごとなんて一回もしなかった。
お互い信頼しあっていたし、秘密なんてないと思ってた。


それなのに、
一番言わなきゃいけないことを隠してた。

私はその事実を昨日、知った。
…でも、それ自体はもうどうでもよくて。



ただ私を苦しめるのは、
彼の死だった。

*************

まだ冷徹に成りきれていない、紅葉の混じる乾いた風が私をすり抜ける。
雑草の擦れ合う音しか聞こえない原っぱで、私は横になっていた。
本来なら高校に行くべき身分。制服も着ているし、見つかったらもちろん、ヤバい。

モノクロがかった原っぱ。
私は色を求めて、思い出を頭に探す。

私と彼はクラスメートだった。
病気で生まれつき声の出せない私に、中学からの友達以外で唯一仲良くしてくれた人。
私がクラスで孤立していた時も、そんなの関係なく優しくしてくれた。家族でさえ、私のことは空気のように扱うのに。
そんな彼が『付き合って』と言ってくれた時、私がどんなに嬉しかったことか。

でもね
今思えば、お互い"訳あり"だったんだ。

私は声が出せず。
彼は心臓を患っていた。

全ては昨日知ったこと。
そして昨日、終わったこと。

彼が残していったのは、
私の心に穿たれた、穴だけだった。
どうせなら、私も連れて行って欲くれれば良かったのに。家族にも必要とされてない、友達も彼以上には私と話してくれない、だったら私の存在は、


「どうしたの?」


負のスパイラルを断ち切ったのは、いきなり降りかかった声。
びっくりして飛び起きると、頭を何かに強打した。

「痛っ…ごめん、びっくりさせちゃった?」

ガンガンする頭を無視して、その不審者を思わず凝視。
すると驚くことに、自分と同じ学校の制服を着ていた。すらりと背が高く、髪型も最近人気のヘアスタイルで、はっきり言ってモテるタイプ…だと思う。学ランの襟の校章は1年の色。同じだ。

「あ~…うん。そんなジト目されるとはな…。見るからに辛そうな顔してたよ、赤沢さん」
「!」

私の名前を知っている?
確かに同じ学校だから知っている可能性もなくはない。いやむしろ私だから、可能性は高い。
でもだったらなぜ、声が出せないことを知っていて、こんな親しげに話すのだろう?
私は携帯を取り出し、打った。

『あなたは誰?』

「僕かい?…そうだな、宇宙人とでも言っておこうか」

…この人、大丈夫なんだろうか。
こっちの心配をよそに、まだ宇宙人とやらは話し続ける。

「あ、今胡散臭いと思ったでしょ?あまり馬鹿にしないでよ、僕は何でもわかるんだから。この宇宙人パワーでね」

ふふん、とどや顔をしながら、宇宙との交信よろしく両手の人差し指を天に向かって突き上げる自称宇宙人。
なんと痛々しいことか。

『じゃあ、私の何を知っているのよ』
「ふぅむ。まぁ、例えば声を出せないとか、君の名前が赤沢 佳音っていうこととか、」

「"大切な人"を失った、とか」

な…っ!

危うく殴りかかるところだった。
そんな軽く、そんなこと言うなんて許せなかった。大体、本当にこの宇宙人は自分のことを全てわかってるのか?この、心に空いた空洞をわかってるのだろうか?
すると今度は、彼自身はなんともないはずなのに、辛そうに言った。

「…赤沢さんが今、"涙"を流せないことも」

すぐに佳音は立ち上がった。
もうここにいる意味はない。こんな得体の知れない人と付き合ってられない。
そのまま立ち去ろうとした佳音の手を、宇宙人は掴んだ。

「…ごめん、いきなりこんなこと言って。でもさっきの赤沢さんの顔があまりに辛そうで見てられなかったから…。ほんとうは、僕は赤沢さんに、笑顔になって欲しいんだ」

申し訳なさそうに宇宙人は言った。

だから、何。
荒んだ私の心を満たしてくれる人なんてもういない。見ず知らずの人に何ができるかなんて、たかが知れてる。

でも、私はそんな自分の心の裏を、痛いほどわかっていた。

「…赤沢、さん」


本当は、本当は。
寂しくて、不安でどうしようもなくて、何に縋ればいいのかもわからなくて。
誰か、私を助けて。暗闇に墜ちていきたくない、誰か、誰か…

ぽろ、と。
次々に目から雫が落ちる。こんな奴の前で涙なんて見せたくないのに、止まらなかった。
宇宙人はそんな佳音をびっくりして見ていたが、佳音はそれに気づかず、ただただ涙を流していた。
佳音を掴んでいた手が離れる。立ち上がった宇宙人は離した大きな手で、佳音を優しく抱き寄せた。

「大丈夫。彼は赤沢さんの中にいる。ひとりじゃない。何より、僕はぜんぶ知っているから」
「…っ …… 」

ひとりじゃ、ない。

なぜかわからない。だけど、その言葉は、固まっていた私の心を、やわらかくほぐしてくれた。
自分の涙が宇宙人の学ランの肩をぐしょぐしょにしたが、宇宙人は何も言わなかった。


今だけは、宇宙人の腕に包まれていたかった。
その温もりが、うれしかった。


次の日から私と宇宙人は、学校前に、あの原っぱで会うようになった。と言っても話す内容はほとんど私の人生相談だった。
一回宇宙人のクラスやその他いろいろを聞いてみたが、そういうのは聞かないでくれと一刀両断されてしまった。

実際、本当に彼が宇宙人だったとしても、多分疑いはしないだろう。
それほどまでに、宇宙人は私のことをよく知っていた。


そして私の身をここまで案じてくれるのも、"彼"を除いて、初めてだった。
だから正直、宇宙人だからとか、そういうのは気にならなくなっていた。


*************

ある日。
私はいつもより遅い時間に家を出た。
外気は冷たさを増し、吐く息には白が混じっている。
遅く出た理由はただひとつ。宇宙人に会わないためだった。

…………………………………

昨日の夜。

「佳音、電話よ」

業務連絡のように母は言った。
このような会話はもう慣れっこ。もう何年も昔からである。
話が出来ないのに受話器を渡すのは、母がどれだけ私を理解しようとしていないかの表れだった。未だに障害を理解しようとしていない...というより、受け入れられないようだ。
受話器を受け取ると、いきなり聞き覚えのあるおばさんの声がなだれ込んで来た。それは、私の心を大きく抉るものだった。

『こんばんは。あなたが佳音さんね?声が出ないのは本当なのね、おばさんずっと嘘だと思ってたのよ。私が誰かわかるかしら?桜木真弥の母よ。あなたにはずいぶんお世話になったわね、でもね、あなたは真弥をまだ覚えてるのかしら?もう他の男を捕まえてるなんて、真弥はつまらない子を彼女にしたのね。もう噂になってるのよ?"朝に原っぱで真弥くんの彼女だった子が別の男の子といるんだ"って。あまり真弥をバカにしないでくれるかしら』


ガチャン、と。

怒涛の勢いで降りかかってきた言葉に、佳音は呆然とした。
桜木真弥の母…彼が通話している横で声は聞いたことがあったものの、彼のお母さんと話しをしたのはこれが初めてだった。
男の子を捕まえるなんて、見当違いにも程がある。あの宇宙人に対して、そんな感情ない…

そう思おうとして、なにかがひっかかった。

ずっと私を気にしてくれる、優しくて、でもふざけている宇宙人。そんな宇宙人が私の前から消えてしまったら、私はどうなってしまうのだろうか。
そんなこと考えたこともなかった。それくらい、朝、あの原っぱで、隣にいるのが当たり前になっていた。
いつしか...真弥を失った悲しみは、過去のものにしていたのかもしれない。

それで...それで本当によかったのだろうか。真弥は、許してくれるのだろうか。
誰にも必要とされない、この私を、はじめて必要としてくれた、真弥。
ならばせめて真弥のことだけは、心から失ってはいけない。それが真弥に対する、感謝になる。

真弥は、私のなかで生き続けるんだ。


その為に選んだ道は、
宇宙人を忘れることだった。

*************

私は次の日から原っぱへ向かわず、真っ直ぐ学校へ向かった。
一歩、歩みを進めるごとに、心には罪悪感がせめぎたてて来る。そしてその中には、なにか違う感情もあった。
頭から離れない宇宙人の明るい顔。
忘れたいのに忘れられない。いや、違う…

朝、いつも待っていてくれるあの笑顔を。私を待っていてくれるあの背中を。

私は忘れたくないんだ。宇宙人のこと。
どうしてか考えると、答えはひとつしか出てこない。

多分…私は、
宇宙人のことが、好きなんだ。そばに、いたいんだ。


真弥…
私は、この気持ちをどうすればいいの?

ごめんなさい、真弥…

その叫びはあてもなく、ただ寒空の虚空へと消えていった。


………………………………

昼休み。
今日も佳音は、1人黙々と食べ続ける。もうこれは日課となっていた。
賑やかな中、教室のドアが開いた。

「赤沢さんいる?」
「高倉?あんた赤沢さんに用あんの?」
「うん、まあね」

突如自分の名前が出て来たことに驚いたが、それ以上に佳音には気になる言葉があった。

高倉…?

顔がこちらから見えないが、多分…高倉 圭のことだ。佳音は顔は見たことないが、高倉は、真弥の親友のひとりだ。真弥の待ち受けも高倉との写真だった…
いや、その前に、この声は…!

音を立てて椅子から立ち上がると、丁度、"高倉"は教室に入ってきた。
その顔は、間違いなく、

佳音のよく知る宇宙人のものだった。

まさかの事実に動揺し、そして朝、行かなかったことも相まって、どういう顔をすればいいかわからなかった。
めったにない佳音への来訪者に周りがざわめき、二人に視線が突き刺さる。

「赤沢さん、ちょっと来て」

いきなり手を引かれ、勢いに押されるまま、未だざわつく教室から2人は出て行った。
前を歩く圭の顔は佳音から見えず、その表情は伺えない。
そのまま屋上に連れていかれ、まず宇宙人…圭が言った言葉は、意外なものだった。

「赤沢さん、これ、あげる」

差し出されたのは、

-たん、ぽぽ…?

今はもはや冬といっていいのに、季節外れも甚だしい、綺麗な黄色い蒲公英。

「赤沢さん、もう、僕がさっき教室に行った時に、僕の正体は気づいたよね?…と、思うんだけど」

圭は私の顔を伺いながら訊いた。
佳音は携帯を取り出した。

『うん、もうわかってる。あなたは真弥の友達の、高倉圭』

「じゃあ、僕がなぜ今赤沢さんを連れてここまで来たか、わかる?僕がなぜ今まで宇宙人だなんて嘘を吐いてきたか、わかる?」

圭は佳音を取っていた手を離し、真っ直ぐ瞳を見て言った。

「赤沢さんがいないと、落ち着かないこの気持ちが何からきてるのか。赤沢さんと真弥が仲良くしていて、傍で見てて思ってたことは…それは赤沢さん。」


「僕は君のことが、好きだったから」


どきんと、胸が高鳴るのがわかった。蒲公英は佳音の指圧に耐えられず、茎から液が滴り落ちた。
-なぜ、どうして言ってしまうの?
佳音が自分の決意に迷いを隠せていないなか、圭のその言葉は暴力にも等しかった。

『でも、私には真弥がいる』
「そんなのわかってるっ」

圭は私を抱き寄せた。最初に出会った時とは違い、もっと、もっと力強く。
あまりの驚きと圭の力に、佳音は身動きが取れなかった。なにも考えられなくなる。

「真弥は僕の気持ちを、知ってたんだ。だから、だから…」

抱きしめる圭の腕は、震えていた。抑えきれない気持ちが迸ってくるのがわかる。
佳音は黙って聞いていた。

「あいつがまだ生きていた時。死ぬ1日前に言ったんだ。
『俺は、多分もうすぐ死ぬ。俺は佳音を幸せに出来ないんだ。ずっと…ずっと一緒にいたかったのに。佳音の笑顔をずっと見ていたかった。あいつがずっと笑顔でいてくれるなら…圭、俺が死んで生まれ変わるまで、佳音の笑顔、作ってくれな』
僕は思ったよ。こいつ馬鹿だろって…お前がいればいいだけだろって」

いつしか、佳音の瞳からも、滴が零れ落ち始めていた。
真弥は、圭にとってどれほど大切な親友だったのか。それは、圭の手が佳音を掴む力強さからひしひしと伝わって来る。
-真弥…あなたはどうして死んでしまったの?こんなに大切に思ってくれる友達がいて、私までも置いていって。
ずっとそばにてくれればいい...それだけで....
涙が次々と溢れ、圭の学ランに吸い込まれていく。

「だから僕はその約束を果たす為にわざと宇宙人と名乗ったんだ。そうでもしないと、僕は…赤沢さんにこの気持ちを伝えてしまいそうで、怖かったんだ」

かろうじて見える圭の表情は、とても優しかった。いつもとは違う笑顔。
私の心の穴に、何かが満たされていく気がした。

ふと、圭の腕に力がこもる。

「本当は、ずっと…こうやって赤沢さんを抱きしめることができたら、ってずっと思ってた」

佳音は、自分の心臓が脈打つのがわかった。私はやっぱり…圭が好きだ。
そして、気づいた。
このまま真弥を引きずっていても、何も変わらない。かと言って、忘れることはあってはならない。真弥は、こんな時、なんて言ってくれるだろう。
携帯を持ち直し、圭に見せる。

『圭は私の心の中に真弥がいても、私を受け入れてくれる?』
「当たり前だよ。真弥は僕の心にもいる」

圭は佳音の腕をとり、自分の胸に当てた。
とくん、と波打つ音が伝わる。
圭だって、真弥が死んでつらかったはず。それなのに私を十分過ぎるほど、励ましてくれた。相談に乗ってくれた。真弥と私との関係を、自分の気持ちを差し置いて、関係を隠してまで一番に考えてくれた。
きっと真弥は、この私の気持ちを理解し、許してくれるだろう。これは傲慢かもしれない、でも真弥がきっと、私たちに求めることはー
だって私の今の一番の幸せは…

圭といること、だから。

笑顔でいられるのは、圭といるとき。
今すべて共有できるのは、圭だけだから。

佳音は携帯を持ち直し、圭に見せる。

『大好きだよ、圭』



佳音の手から蒲公英が離れ、コンクリートの地面に落ちた。


ありがとう、圭、そして真弥…
私の視覚を広げてくれたのは、あなた達。

この鮮やかな現在を、大切にしたい...



fin.

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